– 真狩スケッチ 02 –
マッカリ到着

降りしきる雪にまだぼうっと見とれてしまうような、冬の間だけの真狩村の居候が、登ったり滑ったりしながら感じたことや思ったことを綴るスケッチ的エッセイ。
写真・文:豊嶋秀樹

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 真狩村に到着したのは、もう夜更けだった。
 苫小牧港へ到着したあと、札幌で友人のところに一晩泊めてもらい、翌日はいろいろと用事を済ませてから真狩へと向かった。アップダウンが激しい凍った中山峠の運転を避けたくて、国道5号線を通って小樽経由で行くことにした。いくらか遠回りだけど、それに見合う安心感があった。数年前にレンタカーでスピンして、道路脇の雪壁にぶつかって止まった経験がトラウマになっていたのだ。

 真狩村は、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山の麓にある、人口約二千人の村だ。インターネットなどで少し歴史を調べてみると、村の名前は、アイヌ語の「マクカリペッ」という「羊蹄山を取りまく川」を意味する言葉に由来しているようだった。江戸時代末期に探検家の松浦武四郎が著した『後方羊蹄日記』という書物で初めて紹介されたということだった。その後、香川県と徳島県からやってきた数家族が入植したのが真狩村の始まりということだった。僕の父親も香川県の出身なので、もしかするとずっと遠い親戚筋ということもないことはないなと思うと親近感が湧いた。そのころの真狩村は現在のニセコ町や留寿都村、喜茂別村を含む広い範囲に及んでいたという。

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 毎年居候をさせてもらっている友人の家に夜遅く到着すると、今日は日曜日で村営住宅の雪下ろしの日だったと話してくれた。毎年、この雪下ろしには僕も参加していて、少しは戦力になっていたはずなので、今年は間に合わず申し訳なく思った。同時に、札幌からの道中の風景から察することはできたが、例年に比べると、今年はずいぶんと雪が少ないということだった。おかげで雪下ろしはあっという間に終わったけど、スキーはどうなるかな、と話してくれた。エルニーニョというエキゾチックな響きの現象の影響か、2016年の全国的な雪の少なさには驚くべきものがあり、それは、真狩やニセコも例外ではなく、もちろん羊蹄山でも同じであろうことは想像がついた。

 翌朝、引越しと見紛うほどのたくさんの荷物を運び込んだ後、早速、山へ入る準備をして羊蹄山へと向かった。友人宅からは歩いてでも行ける距離にある登山口について歩いて行く方向を見ると、今年の巡礼の挨拶をするような気持ちになった。ゆっくりと体を慣らしながら、シールをつけたスキーの踏みしめる雪の感触を一歩一歩味わった。予想していた雪の少なさは、歩き始めてすぐにはっきりと見て取れた。いつもならすっかり雪の下になっていて存在にも気づかないような倒木が、それと認識できる程度にしか雪に被っていなかった。おかげで普段なら雪でならされてまっすぐ歩いていくようなところが、すべて小さなアップダウンになっていて随分と歩きにくい状態になっていた。まぁ、でもそれもそれ、またこうしてやって来ることができたことに感謝して、雪の下の枝に足を取られないように気をつけながら歩くことも楽しいことだった。

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 標高1300mあたりまで登ってきて、あたりを見回すと、若いダケカンバが埋まり切らずにブッシュとなっていた。見慣れているはずの斜面の様子が、本当にここであっているのかなと思うくらいに、様子が違っていて驚いた。
 シールを外し、滑る準備をした。今日は遅めのスタートだったし、平日なので誰もいなかった。ゆっくりと探るように数メートル滑ってみると、雪質は上々だった。スキー板と雪が触れあうサァッという音とともにターンを繰り返すと、自然とニヤニヤとしているのがわかった。止まって後ろを振り返ると、薄く白いガスがかき消すところまで僕の滑ったあとが付いているのが見えた。またこの斜面に戻って来ることができたことを実感して、今年は何本滑れるのかなと思うと、また嬉しさがこみ上げてきてニヤニヤしていた。

 大きな斜面を降りきってしまうと、木々の間を縫って続く先行者のトレースを追いかけた。ボブスレーのコースのようにしっかりと滑り固められところを、オーバースピード気味に一気に通り抜けるのも楽しみのひとつだった。最後にはそれも終わってしまい、車までの数百メートルは歩くようにして帰った。僕の羊蹄山巡礼の始まりだった。

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 僕にとっての真狩は、スキー合宿の拠点であるとともに、湯治場でもあった。真狩温泉の月間券を四千五百円で買ってしまうと、毎日、掛け流しの温泉を堪能することができた。天気の良い日の露天風呂からは羊蹄山が間近に眺めることができた。太陽の光線の具合次第では、さっき自分が滑ってきたシュプールを湯船に浸かりながら確認することができた。滑った跡を目で追いかけると、ワンターンごとの記憶が繰り返されて、僕はもう一度斜面を楽しむことができた。
 真狩温泉の定休日の月曜日には、このあたりの温泉の共通券である「湯めぐりパス」を購入して、あちこちの温泉に入りに行った。アンヌプリの裏側にある五色温泉も良かったし、鯉川温泉も風情があって好きだった。蘭越町の幽泉閣も泉質が素晴らしかった。単に、温泉が沁みる年になったということだけかもしれないけれど、毎日、温泉に浸かれるというのは、本当に幸せなことだった。

【つづく】

とよしまひでき
1971年大阪生まれ、福岡在住のベジタリアン。
妻と一緒にお弁当を持って玉川上水に行こうとでかけたものの、高尾行きの電車に乗って高尾山に登ってお弁当を食べたことをきっかけに、山やスキーに親しむ生活が始まる。
ウルトラライトハイキングと呼ばれる軽量装備でのハイクや、テレマークスキー、フリークライミングなどを絡めた、放浪型のライフスタイルを楽しんでいる。
6年前にテレマークスキーを始めたときからニセコ通いが始まり、その後、冬の間は真狩村の居候として過ごさせてもらっている。
大阪で『graf』という集団を仲間と立ち上げて活動したのち、現在は『gm projects』という組合の一員として、アートの分野を中心に企画やデザイン、制作などジャンル越境的に幅広く活動している。
今年は札幌のモエレ沼公園のギャラリーで7月開催予定の「HOLY MOUNTAINS」という展覧会のキュレーターを務める。