– 真狩スケッチ 03 –
青い鳥はいつも突然に(前編)

降りしきる雪にまだぼうっと見とれてしまうような、冬の間だけの真狩村の居候が、登ったり滑ったりしながら感じたことや思ったことを綴るスケッチ的エッセイ。
写真・文:豊嶋秀樹

真狩スケッチ03

 青い鳥はいつも突然にやってくる。
 いつから、晴天のスキー日和のことをBlue Bird Day と呼ぶようになったのか知らないが、その日はまさにBlue Bird Dayだった。

 いつもよりゆっくり朝ごはんを食べてから山へ行く準備をした。自分の車を山から下りてくるところにあらかじめ駐車しておき、出勤前の居候先の友人に、いつもの登山口まで送ってもらった。登山口の駐車場は、すでにたくさんの車でいっぱいだった。雪の降った翌日の晴天だから無理はなかった。荷物を下ろそうと、スキーを持った瞬間に大きな失敗に気がついた。僕はいつも家を出る前に、スキーにシールを貼り付けておくのだが、取り上げたファットスキーにはシールは貼り付けられていなかった。これでは、山には登れない。友人に平謝りで、もう一度家まで忘れたシールと取りに走ってもらった。とは言っても、5分少々の距離だ。大きな忘れ物をしたことを反省しながら、こんな場所に暮らせることに感謝した。同時に、これが今日の悪い予兆でないことを祈った。普段は気にしないことでも、山に入るときには少し(げん)をかついでしまうのだった。

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 羊蹄山の麓ではたくさんの鳥たちを見かけるが、この日は、はじめてアカゲラを見た。アカゲラをモチーフにした登山口の看板の脇をいつも通過するが、本物のアカゲラはなかなか姿を見せてくれなかった。歩き始めてすぐにアカゲラの姿を見て、青い鳥ではないけど、これはいいことあるんじゃないかと、少し嬉しくなった。

 空には一片の雲もなかった。隅から隅まで、どこをどう見られても恥ずかしくもやましくもない、完璧な晴天だった。仰ぎ見ると、太陽が木々の間から見え隠れして眩しかった。キラキラとした新鮮な光は、降ったばかりのまっさらの雪の上にくっきりと木々の影を落としていた。
 すでに多くの人が山に入っていたので、しっかりとしたトレースが森の中をくねくねと続いていた。駐車場にも溢れるくらいの車が止められていたし、さぞかしたくさんの人が入っているのだろう。

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 さあ、今日はどこまで登って滑ろうかと考えながら一歩一歩進んだ。いつもならその先は雪が凍っていて滑っても楽しくなくなってしまう標高1350メートルあたりから滑り降りてくることが多かった。しかし、今日は頭の片隅で、もしかするとこれは山頂まで行ってしまう日なのではないかという考えがよぎっていた。
 羊蹄山は標高1898メートルで、スタート地点にあたる登山口の標高は360メートル程度なので、その標高差は1500メートル近くになる。富士山と同じような単独峰なので、登りはただひたすら登るのみである。上がり下がりのない1500メートルを一気に登るのはそれなりに大変なことだ。これまでに山頂へは二回上がったことがあった。そのうちの一回は、山頂にある噴火口を滑り降りることができた。火口の底から見上げると、白い雪壁に360度ぐるっと囲まれて、真上には青い空がまん丸に切り取られて、それはどこか宇宙的な気分になる場所だった。今日のような天気の日には、また山頂に上がって火口を滑って、あの世界に行ってみたいと思う反面、そこまで行くとなるといつもの倍近い高度を登っていかねばならないという、少し覚悟を強いられることに気が重くなることも事実だった。

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 ひとまず、いつもの1350メートル地点を目指して、山頂のことはそれから考えようということにして、もう春になってしまったかのような陽気の中を歩いた。
 視界の開ける1250メートル地点までやってくると、僕の先を行く人たちが山頂を目指しているのが見えた。色とりどりのカラフルなウェアのミニチュア人形のような人影が、障害物のない真っ白の山肌を、その稜線が濃くくっきりとした青で切り取られる地点へと向かって進んでいた。太陽に向かって大空を昇っていったイカロスのように、人々は脇目も振らずに天空を目指していた。僕は、いつも滑り降りる1350メートル地点までやってきたが、今日は、このあたりから滑っている人など一人もいなかった。僕は辺りを見回して、さあ、どうしようかと考えた。もし、僕がここでスキーのシールを外して滑る準備など始めたら、それは、通勤ラッシュの山手線に全身スキーウェア固めて乗り込んだときのように、場違いな行動を(たしな)める厳しい目線の餌食になることは簡単に想像できた。もう、仕方ないな。今日、行かなければいつ行くんだというくらいの天気だ。山の予定は、僕の都合や心の準備とは関係なく、山と天気が決めてくれると思っていた。そういうことで、僕は、他の人々と同じようにイカロスとなり、真っ青の天空を目指してどんどん高度を上げることにした。

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 それにしてもだが、今日は朝から日本人らしき人は一人しか見ていなかった。それ以外は、すべて西洋人だった。今も僕の前に30人近く、後ろにも30人近く登っているのが見えたがすべて西洋人だった。これが日本の山だとは考えにくかった。僕は、海外の山に遠征にきているような気分で抜きつ、抜かれつする前後の西洋人と言葉を交わしながら登った。今日はおそらく100人以上が山頂にあがるのだろう、そして僕は、数少ない日本人登頂者の一人となることは確実だった。日の丸を持ってくれば良かったかなと思いながら、次第に息を荒げながら登っていった。

<つづく>

とよしまひでき
1971年大阪生まれ、福岡在住のベジタリアン。
妻と一緒にお弁当を持って玉川上水に行こうとでかけたものの、高尾行きの電車に乗って高尾山に登ってお弁当を食べたことをきっかけに、山やスキーに親しむ生活が始まる。
ウルトラライトハイキングと呼ばれる軽量装備でのハイクや、テレマークスキー、フリークライミングなどを絡めた、放浪型のライフスタイルを楽しんでいる。
6年前にテレマークスキーを始めたときからニセコ通いが始まり、その後、冬の間は真狩村の居候として過ごさせてもらっている。
大阪で『graf』という集団を仲間と立ち上げて活動したのち、現在は『gm projects』という組合の一員として、アートの分野を中心に企画やデザイン、制作などジャンル越境的に幅広く活動している。
今年は札幌のモエレ沼公園のギャラリーで7月開催予定の「HOLY MOUNTAINS」という展覧会のキュレーターを務める。