– 真狩スケッチ 05 –
夜のヒラフ道場

羊蹄山で滑った後は、今日も一人黙々とヒラフのナイターで練習を楽しむ。降りしきる雪にまだぼうっと見とれてしまうような、冬の間だけの真狩村の居候が綴るスケッチ的エッセイの連載第5回。
写真・文:豊嶋秀樹

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 午前中に羊蹄山で滑ってひと休みした後、午後遅くになってからヒラフへナイターを滑りに行く日も多かった。山の道具やパウダー用のファットスキーは家に置いて、他に3本持っている板のうち、今日はどれにしようかと少しの間だけ考える。3本の内訳は、テレマークスキーを始めた時にショップの店員さんに言われるがまま買って、それからずっと使っている『ヴェクターグライド』の板と、妻が長野のペンションで住み込みバイトしていた時に宿のオーナーさんからいただいた『オガサカ』のカービングスキー、それから去年から始めた革ブーツでのテレマークスキー用にと札幌のアウトドアショップでセールになっていた『ブラックダイアモンド』のセントイライアスという細いウロコ板だった。黄色のボディに赤いラインが入っているクラシカルな雰囲気がとても素敵な板だ。もちろん、どの板もそれぞれに用途や持ち味が違っていて、その日の気分と雪の感じで選んで持って行った。

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 ゲレンデへ行く時はしっかり着込んでいかなければいけない。山で登って滑るのとは違って、ゲレンデではリフトに乗るので体が温まらず、ものすごく寒く感じるからだ。2月のヒラフの夜の気温は氷点下15度を下回るときもざらにあった。加えて、強い西風が吹いている日には、体感温度はいったい何度なのか知りたくもないくらい寒いときも珍しくなかった。そんな日にヒラフのセンターフォーに乗ってナイターゲレンデへ上がるときは、上着のフードを被って黙ってうつむき、いにしえの修行者のようにただじっと耐えるしかなかった。

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 それでも、僕は、夜のゲレンデで滑ることは大好きだった。日が暮れかかる頃、外国人のお客さんたちがビール片手にヒラフの交差点を歩き回るのと入れ違いに、すでにガランとしているリフト乗り場に向かった。リフトに乗ってぐんぐんと山の上に向かうと、鮮やかなピンク色にアンヌプリの稜線が染まっているのが見えた。振り返ると、最後の残照が羊蹄山の山頂付近を赤く染めていた。山の雪がだんだんと白さを失い始め、空は夕暮れの淡いピンク色と、北国らしい白く薄いブルーの空が混じり合う微妙な色合いのまま、次第に夜の空へとうつろいでいった。そんな風景を、風のない天気の良い日にリフトに乗って眺めるのがとても好きだった。

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 夜のゲレンデは、たいてい空いている。日によっては、空いているというよりも貸切りというくらいに誰もいないときもあった。ガラガラのゲレンデで、人目を気にせず、黙々と練習するのは楽しいことだった。僕は、ニセコに来るようになってから、週に一度テレマークスキーのレッスンを受けている。最初は、全く手に負えなかったテレマークスキーで、どうにかして山で自由に滑れるようになりたいという理由である先生のレッスンを受け始めた。今では、毎日のように羊蹄山に上がって滑れるようになったので、当初の目的は達成したと言ってもいいと思うのだが、ゲレンデでのレッスンや練習が楽しくなってきて、そのままずっと同じ先生についてテレマークスキーのレッスンを受けているのだった。僕は、若い頃からずっとスポーツをやってきましたというタイプではなかったので、先生が説明してくれる体の動かし方についての少々理屈めいた話は常に新鮮で驚きに満ちていた。自分の体が、「なるほどこういう動きもするんだ」ということを、ひとつひとつ確かめながら、初めはできなかった動きが次第にできるようになってくることは大きな喜びだった。ちょうど子供が大人の話す言葉を聞いたままになんでも真似して、自分の口で発してみること自体が楽しいといったような気分だった。大げさな言い方をすれば、それは新しい自分自身との出会いでもあった。
 僕は夜のゲレンデで、前回のレッスンで習ったターンのやり方や、そのためのドリルのような練習方法を繰り返し試してみた。それは、山に入って無心でパウダースノーを滑っているのとはまた違った気持ち良さがあった。うまく滑れるようになったらそれはそれで嬉しいのだけど、むしろ、練習している時間そのものが楽しかった。

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 センターフォーを降りたところから羊蹄山の方角を見ると、向かって右側の山裾に真狩村の明かりが見えた。時刻は午後7時をまわっていた。天気が良かったぶん、放射冷却で随分と冷え込んできたし、太ももの筋肉も疲れてきた。それに、腹ペコだ。そろそろ今日の練習は終わりにして、温泉に入って冷えた体を温めてからご飯にしよう。誰にも見られていないことを確かめてから、夜のヒラフ道場に「ありがとうございました!」と一礼して練習を終わりにした。
 ヒラフ坂の街の明かりが、今日はひときわ綺麗に輝いて見えていた。

<つづく>

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とよしまひでき
1971年大阪生まれ、福岡在住のベジタリアン。
妻と一緒にお弁当を持って玉川上水に行こうとでかけたものの、高尾行きの電車に乗って高尾山に登ってお弁当を食べたことをきっかけに、山やスキーに親しむ生活が始まる。
ウルトラライトハイキングと呼ばれる軽量装備でのハイクや、テレマークスキー、フリークライミングなどを絡めた、放浪型のライフスタイルを楽しんでいる。
6年前にテレマークスキーを始めたときからニセコ通いが始まり、その後、冬の間は真狩村の居候として過ごさせてもらっている。
大阪で『graf』という集団を仲間と立ち上げて活動したのち、現在は『gm projects』という組合の一員として、アートの分野を中心に企画やデザイン、制作などジャンル越境的に幅広く活動している。
今年は札幌のモエレ沼公園のギャラリーで7月開催予定の「HOLY MOUNTAINS」という展覧会のキュレーターを務める。