ニセコと雪
 

文 : コボリ ケンタロウ
写真:コボリ ケンタロウ、マチルダ・へイリー

 地元・福島県いわき市を出発したのが2月半ばだった。アメリカの旅から帰って来たばかりのオレは、知人の手伝い程度のアルバイトで北茨城市の港市場でヒラメの箱詰め作業をしながらサーフィンをする毎日を送っていた。オレの実家はいわき市と北茨城市のちょうど間位に位置している。久しぶりの実家での生活は楽しかった。やっぱり地元の仲間たちや家族と過ごす日々ってすげー落ち着くし、どこかホッとする。
 でも、オレは今年の冬の間に北海道に行くことを決めていた。理由はいくつかあるが、特に山でスノーボードや雪遊びをしたいってのがその中のメインの理由の一つだ。
 去年に富山県の立山のホテルで住込みの仕事をしたのがきっかけで、スキーヤーやスノーボーダーたちなど、山で遊ぶ人たちに出会った。彼らの影響でオレは雪山を滑る遊びを学び、経験した。それからというもの、山のあの静かで揺るぎない雰囲気が恋しくなることがたびたびあったのだ。
 海にも惚れているが山にも惚れたのだ。自分の中で今まで味わっていなかった感覚に出会い“ハマった”のだ。それに北海道に来たことが今までなかったから、見知らぬ土地へ行く、いつもの冒険心が自分をいつの間にか動かしていた。また、もちろん北海道でのサーフィンも気になっていた。
 地元を出発して大洗港からフェリーで苫小牧まで行った。旅をして、移動する人生を送って来ているオレはフェリーの中ではいろんな思いを感じながら海を見つめていた。日が沈む瞬間。強風で波打つ北の海。荒々しさの中にある美しさを感じ、冬の北日本に向かっていることをフェリーの中でフツフツと感じていた。

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 オレが苫小牧に着いたのは夜8時ごろ。夜の苫小牧は吹雪かれていた。苫小牧から、今まで会ったことがない、親戚の住んでいる札幌を目指した。
 辺りは相変わらずの吹雪。地元・いわき市ではあそこまでの雪を見たことがなかったから、洗礼を受けた気分でもあったし、その勢いに感動もした。また雪道での車の運転は慣れていなかったから、大分ゆっくり運転したのは言うまでもない。
 札幌までの車の運転中も途中途中でスリップしそうな後ろタイヤが滑っているトラックや、実際にスリップ事故をしていた車などを見かけたりもした。絶対安全運転を心がけた。行ったことがない親戚の家だったから、何度か札幌市内で道に迷ったりもした。でもそうこうしていたら、なんとか親戚の家にたどり着くことができた。雪ってこんなに降るんだ? と北の大地に思い知らされた気分だった。
 無事に着くことができてすごくホッとした。初めて会った親戚は、すごくあったかい人たちだった。亡くなったばあちゃんとじいちゃんを知る親戚のおばちゃん。またそのお孫さん。ちなみにおばちゃんの旦那さんは亡くなってしまっていて、おばちゃんと大学生のお孫さんが二人で住んでいる家だった。
 おばちゃんはオレとは実際に血はつながっていないが、すごく優しくしてくれた。
 そして、そのお孫さん。オレとはご先祖様を辿っていくと、そんなに遠くないご先祖様でつながるのだ。ちなみにオレは血がどうのこうのとこだわる人間ではないが、その時のどこか不思議な感覚はなんとも言えなかったのだ。初めて味わった感覚だった。
 それから数日間親戚の家で過ごした。特にそのお孫さんとは、その血のことを話したり、お互いのことを話したりと、なんだかんだいっしょに遊んだ。いい時間だった。
 そしてオレは、札幌で過ごしていた時に友達からの紹介で出会って仲良くなった友達の友達といっしょに、札幌から倶知安に向かった。その人は倶知安に用事があったので、オレはその人を倶知安に着いてから車から降ろした。
 そこからオレのニセコ近辺での生活が始まった。その日もやっぱり雪だった。しかもオレにとっては豪雪。ひたすら降っていた。シンシンシンシンと降り積もる雪。ここまでの量の雪での生活に慣れていないオレには、この土地は厳しい土地だってどっかで感じていた。
 とりあえず着いて早々、運良く温泉宿に空き部屋を見つけて、そこに一泊した。降りしきる雪の中の露天風呂が最高に気持ち良かった。寒い場所に来て、温泉に浸かって、いっきに心も身体も緩んだ。ああいう瞬間に日本人でよかったって思うことがよくある。新しい場所でのなにかの始まりを感じていた。

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 そして翌日から仕事を探し始めた。インターネットに不器用なオレは、とりあえず「ヒラフにたくさんのお店が集中している」という友達の情報を頼りにヒラフにあるお店に飛び込みで歩いて仕事を探して回った。
 いつもながらそんなに甘くないのは承知の上だった。ただ、気持ちがあれば見つかるっていう今までの経験と、自分を信じていればきっと開けるっていう、旅をしてきて培った自信を元に雪の降りしきる中、仕事を聞いて回った。
 たくさんの人のたくさんの声を聞いた。旅中のいつものこの状況で聞き慣れているさまざまな意見だった。
「そんなに甘くないよ」、「もうシーズン終わり近いから仕事なかなかないんじゃない?」という厳しさ交じりのアドバイスの声もあった。
 それとは裏腹に「この辺は仕事たくさんあるから見つかるよ」、「今仕事ウチになくてごめんね。がんばってね」などの応援の声、お店のオーナーさんや会社を管理している方など、背中を押してくれるような声もたくさんあった。そんな声がオレにはすげー嬉しかったし、心に響いた。
 そうやって歩いて回った結果、その日には仕事が見つからなかったが、今につながるさまざま人との出会いや仕事をどんどん紹介してくれる人たちとのご縁をいただくことがで来た。それに後日無事に仕事を得ることができた。本当にありがたい話だ。
 いよいよニセコでの生活が始まったのだ。それに始まったばかりだったが、どこか自分に正直になって仕事を見つけることができた満足感があったのは言うまでもない。

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 そしてこの数か月間、ここニセコで生活をしてきて感じたことは、かっこいいスキーヤー、スノーボーダー、そのほかの雪や山を愛し、この地に訪れている人がたくさんいるっていうこと。
 いろんな人達にさまざまなところで出会った。ワークエクスチェンジでお金を稼ぐということより、日本で、北海道の雪を滑りに世界の至る所から来た希望に燃えた20代前後のバックパッカースキーヤー、スノーボーダーたち。道路を車で走らせる度、地形を見て目を輝かせ、「よく見ていたスキーのDVDに出ていた場所があそこだ」とオレに説明してくれたヤツもいた。若さ故か、悪ガキもいた。でも結局仲良くなったのは雪を滑ることに情熱を燃やしていたヤツか、快く楽しんでたヤツだった。

 父と息子、男だけの親子二人で海外スキー遠征に来ていたフランス人親子。その親父さんと息子さんのツーショットの写真を撮るのを頼まれたんだけれど、あんな感じがオレにはすげーカッコよく映った。息子さんも楽しそうだったし、親父さんもいい顔してた。実際、二人にはオレがホテルでの仕事をしている時に出会ったのだ。二人が宿を出る送迎のときに「いろいろ本当にありがとう」って笑顔で感謝の言葉もらえたときの感覚がたまらなく嬉しかった。父と子が親友みたいで、あんな親子素敵だな。

 それに友達のつながりで友達になったニュージーランド人の59歳のドレッドヘアのスノーボーダーの女性からもいい影響を受けた。友達とその女性といっしょに滑ってたんだけど、59歳の滑りは素敵で滑らかで無駄がない綺麗な滑りだった。
 それになにより、みんなで休憩してたときに雪の上で寝そべってたら、大地に向かって「ママ」と言ってたのが、地球に生きてるって感覚で、生きてんだなってのをすげー感じた。その感覚に生きてるのを見てると、自然に対してのリスペクトの気持ちがオレの中でもあらためて確認できていい影響を受けた。時に厳しく、そして美しい自然に対してのあんな感覚、オレは大事だと思う。それにその人、目がイキイキしていて、いかにも元気って感じだった。

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 その他にもたくさんの人たちに出会った。ここには全部書いても書き切れないくらいたくさんのことが、この数か月の短期間に起こった。濃厚な日々を過ごすことができていた。

 地元の人たちとも出会ったことがあるが、親切な対応をしてくれる人に運よく出会えている。特におばちゃんとかおじちゃんは優しい。お菓子屋のおばちゃんと話していてアメをもらえたこともある。そんな感じがすげー嬉しかった。オレが小学生のころの駄菓子屋に行ったときの雰囲気を思い出させる。
 たしかに人がこれだけ集まってきていると、その分、たくさんの問題も起こってくるんだと思う。この土地に来たばかりのオレには見えてない部分はいっぱいあるんだろうけど、多分ゴミの問題とか、人とか、ほかにもいろいろだと思う。
 でも、やっぱりいい雰囲気を感じる人からのインスピレーションや情熱を感じるとオレまでも影響されて、いいものを得れている気がしてならなかった。この冬、そんな人たちにたくさん出会えて、オレはニセコに来れてよかったって素直に思う。

 人の集まって来る場所……それは人それぞれ違う感性で選んで、ここに来てるんだと思うが、それだけここはどこか、そしてなにか大きな魅力がある場所なんだと思う。

 オレはとりあえず山の雰囲気と景色が大好きだ。そして海にも近い。

 ここはあの羊蹄山やアンヌプリ、チセヌプリ、イワオヌプリ、そのほかにもたくさんのかっこいい山々に囲まれていて、来たばかりのオレには壮大に感じる景色だ。それに生まれた地元にはない、白樺の林の雰囲気が美しい。また水好きのオレにとっては所々にある湧き水もたまらない。温泉もいっぱいあって本当に最高。それにもちろんスノーボードとサーフィン。

 オレはスノーボードを始めたばかりだが、友達に一緒に連れってもらいバックカントリースノーボードをした時に感じたのが、場所と山にもよるが、どこか海の中を連想させるような雰囲気と静けさを持っていて、柔らかいってことだ。ときに風があっても、風をかわす場所で聞く林の木々が揺れるその音は、波の音にも聞こえることがある。
 山で感じる海。それにパウダースノーでのスノーボード。オレは今回初めてパウダースノーを感じた。雲の上を滑ってサーフィンをしているような感覚だった。まさか自分が山でサーフィンをするとは思っても見なかった。それもあのフワフワ感とスピード感。
 変な連想かもしれないが、足からジェット噴射しながら宇宙を飛ぶガンダムとか、ザクみたいに、山の中を滑走してターンして、サーフィンしているのだ。地形を見つけ、それに合わせて雪の質感を感じて滑る。オレにはたまらない感覚だった。
 そして山の上や森の中で感じる、あの雰囲気はなんとも言えない。吸い込まれるような山の大きい感覚、森や林の中での心に響く静寂。晴れた日の太陽とその光りを反射する雪、ときに雲かかって雲越しにうっすら透ける、くすみがかった太陽。強風でできた木に着いた雪の花びらや雪面にできた雪の模様。天候やコンディションで変わる、その雪の質感と山々の空気感。
 それを滑り終えて感じる自分の中の高揚感と静けさ。素晴らしいものに出会えた衝撃だった。

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 それに友達といっしょに滑っていると学んだこともたくさんあった。思い出せばきりがないが、仲間と滑る楽しさがなによりもたまらない。好きなものにストークして時間と楽しさ共有している、あの瞬間がめちゃくちゃ楽しい。そして共有していて、いつの間にか友達の友達とも友達になってて、またタイミングよく別の日にその人と出会って、滑ってって、いいサイクルの循環起が起こって、あっという間に数か月のニセコの冬の時間が過ぎていった。
 みんなといっしょに雪山遊びに夢中になっていた。笑顔を分かち合っての出会いってマジで最高だ。それにいっしょにいろんなところにオレを連れて行ってくれた友達に思い切り感謝をしたい。オレ一人じゃわからないことだらけだが、知識や経験値のある仲間がいるから、オレは今年思い切り楽しめることができた。始めたばかりの雪山遊びをここまで夢中にしてくれたのは、周りの友達があっての今だって素直思う今日このごろだ。

 それに長いことサーフィンを中心に生きてきて、いきなりまた初心者に戻った、この新鮮さは、サーフィンを始めたころの自分をよく思い出すきっかけにもなった。
 そして新しいことに触れているこの新鮮さは、どこか自分をさらにイキイキさせてウキウキさせている。それに水にも雪にも触れるようになったから自分の視野が広がった。

 ときに水と雪が似ているときもある。春雪のシャバった時のターンの引っ張り具合と重さは、どこか波の上でのカービングターンをしているときの感覚に似ている。そんなのがオレには雪の世界を味わった時に、今までやってきていることが共通するから面白い。そして単純にむちゃくちゃ気持ちいい。

 それに雪が降っている時に見た雪の結晶には心から感動させられた。素晴らしく美しい。一人でそれ見て「わぁーお!」って声出ちゃうくらいだった。

 あんなのが当たり前に地球の自然で作られているって感じると、自分たちの生きているこの自然って、やっぱりすごいし、偉大だなって心から素直に感じる。そんなミラクルな世界に生きてんだなーって素直に思う。それにそんな美しいものの上を滑る遊びに、今シーズン出会えたことに心からの喜びを感じている。

 ニセコに来てよかった。

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こぼり・けんたろう
1981年、福島県いわき市生まれ。19歳でサーフィンに出会ってから大好きな海とサーフィンの世界にのめり込む。27歳に人との出会いに恵まれ、オーストラリアに行き、旅を始める。それからの7年間サーフボードとバックパックを持ち、国内外を流れるように生きる。行く先々でさまざまな波に乗り、またさまざまな経験をし、いろいろな人と出会い、たくさんのことを感じ、学ぶ。
2015の春に富山県の立山のホテルで住み込みのアルバイトをきっかけにスノーボードと雪山に魅了される。そして北海道のスノーシーンを見たくなり、ここニセコに2016年2月半ばに来る。ニセコに来て雪山とスノーボード、北海道の海でのサーフィンに夢中になる。今は地元の農家さんの手伝いの仕事をいただけ、羊蹄山を見ながら春のニセコの新緑を楽しみに生きている。