NISEKO HAUTE ROUTE 2016 summer

文:峠ヶ孝高
写真:吉田春陽

 来年の4月の天気のいい日に日本海からニセコ連峰を縦走しよう……2015年の4月、居酒屋での会話をきっかけに、僕の『ニセコオートルート』が始まった。

 オートルートとは「la haute route=高き道」という意味、ヨーロッパアルプスを横断する世界を代表する山岳スキーの縦走ルートだ。『ニセコオートルート』は日本海側の雷電山からニセコ連峰を縦走する全長約40キロの山岳ルートのこと。さらにニセコのシンボル・羊蹄山も加えれば、その全長は約70キロにもおよぶ。
 2015年秋、まず下見として半分の行程を歩いた。そして2016年の4月、再度計画を立てたが、天候に恵まれず、前年同様、半分の行程を歩くにとどまった。
 『ニセコオートルート』を走破するためには山中でツエルト泊をする必要がある。また水や食料、防寒装備など、装備と重量と快適さのバランスについて配慮することも重要だ。経験を重ねる度にいろいろな改善され、それが楽しくて、ますますこのツアーにのめり込んでいった。

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 そして2016年6月。走りたい人、新しいザックを試したい人、写真を撮りたい人、いわゆるファストパッキングをしたい人。それぞれ異なる楽しみを持った4人のメンバーが集まり、いよいよ『ニセコオートルート』全行程への挑戦が始まった。

 1日目の行程は朝日温泉から新見峠まで、全行程の約半分にあたる約17キロ。通過するピークは中山、前雷電山、幌別岳、雷電山、岩内岳、目国内岳、前目国内岳。
 朝8時に日本海側の朝日温泉をスタート。現在休業中のこの温泉はこの辺りでも秘湯中の秘湯。200年ほど前、熊が湯に浸かり傷を癒していたと伝えられている。

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 出発してすぐ、標高差約300メートルの広葉樹林帯を一気に駆け上がる。生憎の雨まじりの天候、登り始めから稜線に出るまで、北海道とは思えない蒸し暑さに汗が止まらない。帽子の汗の吸収力も限界を超え、ツバから汗が滴り落ちる。この状況で雨具は考えられない。雨具を着て、汗でびしょびしょになるくらいなら、雨で涼しく濡れたほうがいい。しかし、最初から先が思いやられる……。

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 登り始めて1時間もしないうちに稜線に出ることが出来た。雨まじりの天候も山の上は別世界、雲の上だ。風も吹き、湿気もなくなり、少し肌寒い。「やっぱり北海道だ」と実感する。
 アップダウンの少ない稜線上は最高に気持ちのよいランセクション。晴れていれば、眼下に岩内の街が見えるはずだが、今は厚い雲に隠されている。人間界とは離れた異界に入り込んだようだ。

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 6月の北海道の山は残雪期にあたる。山の斜面の方角によっては、かなり雪が残っている。1日目最大のアドベンチャーは巨大雪渓を渡ることであった。巨大雪渓は登山道を跨ぐように数か所あり、傾斜のきついところ、ロングトラバースもある。このときばかりはトレランシューズを履いてきたことを後悔した。雪渓の固い雪にはまるで歯が立たず、生まれたての子鹿のように立ち上がっては転び、時には滑り落ちた。雪渓の縁に行けば、穴に落ち。雪渓から登山道への続きも見つけ辛い。実はこの辺りでかなりの体力と気力を消耗した。
 雪渓の難所をいくつかクリアすると、通称「竜の背」と呼ばれる目国内岳だ。それまで笹畑や沼地、湿原が多かった景色が突然岩場に変わる。岩場は目国内岳の山頂付近のみだが、ちょっとしたクライミング気分も味わえる。
 ここまで来ると1日目の行程もほぼ終わり。あとは下りながら前目国内岳を経由してキャンプ地である新見峠へ。時間にしてわずか8時間ほどだったのだが、道路が見えた途端、人の気配を感じる。『ニセコオートルート』の中でもこの1日目のルートは特に静かな山旅が味わえる。実際、日本海から約20キロ、誰にも出会っていない。
 予定通り1人はここで終了し、仕事へ向かう。 残った3人でキャンプをした。

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 山の朝は早い。誰が声をかけるでもなく、暗いうちからモゾモゾと準備が始まり、午前5時前にはスタート。朝日を浴びながら山の中へ入る。
 2日目は、稜線歩きの初日とは違い、アップダウンのある行程だ。白樺山から無名峰、シャクナゲ沼を通過、チセヌプリ、ニトヌプリ、イワオヌプリ、アンヌプリ、 とニセコの4大ヌプリへ登る。「ヌプリ」とはアイヌ語で「山」の意味。連峰だが、それぞれが単独の「ヌプリ」で、上り下りもしっかりあり、より登山色が強くなる。
 まだ陽が上り切る前に白樺山と無名峰の稜線の気持ちいい雲上ランニングを終える。そこから標高を一気に落とすと、いよいよ登山セクションの始まり。チセヌプリの山頂から、ニトヌプリ、イワオヌプリ、アンヌプリへ。一番奥がニセコのシンボル羊蹄山となる。

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 このエリアはニセコの登山では、いわゆる“表銀座”。本州のメジャーな山に比べれば少ないが、人がたくさん歩いている。その分、登山道も整備されている。また、この辺りは山菜が豊富。この時期はタケノコ(北海道では笹の子のことをタケノコという)採りのシーズン。登山道脇の笹薮からガサガサと音がし、熊かと思うこともしばしば。冬の山スキーのメッカでチセヌプリ、ニトヌプリを抜けると、景色はガラッと変わり、荒々しさをむき出したイワオヌプリ。そろそろ2日間の疲労が出てくる。
 残すところは最後の登り、アンヌプリを越えればゴールだ。 最後の登りということで、それぞれが楽しいと思うスタイルで登り、山頂で待ち合わせをすることに。走ったり、写真を撮りながら登ったり、ゆっくり歩いたり。この山旅のご褒美か、アンヌプリ山頂では羊蹄山が大きな姿を現してくれた。ニセコに暮らしていても、こんな見事な羊蹄山は滅多に見ることがない、というほど見事な景色を堪能した。「ニセコ」と聞いて、多くの人が想像する景色はたぶん、このアンヌプリから眺める羊蹄山ではないだろうか。

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 アンヌプリには花園、グランヒラフ、ニセコヴィレッジ、アンヌプリと4つのスキー場がある。「ニセコ」はこの数年で「NISEKO」となり、世界中から多くの人たちがパウダースノーを求めてやってくる。次の冬のためのリフトの工事やホテルやコンドミニアム、商業施設などの建設ラッシュが引っ切りなしに行われている。2日ぶりに雲の上から下りて来た僕らにとって、ヒラフは大都会に感じられた。
 山はなにも変わることなく、そこにある。その時、その環境を楽しいものにするかどうかは自分次第なのだ。山で遊ぶのに「こうでなければいけない」という決まりはない。それぞれのスタイルで、それぞれの楽しみ方をすればいいのだと思う。互いの楽しみを共有し、吸収したりして、自分の楽しみが広がったり、新しい遊びが生まれたりする。今回の旅もみんながバラバラのスタイルだったからこその発見がたくさんあった。
 工事が進むスキー場を下りながら、2日間を振り返り、旅のエンディングが始まった。1泊2日の短い山での時間。お互いの遊ぶスタイルを見て、自分の中に取り込んでいく。「さて、次はどんなことをして、山で遊ぼうか」。いっしょに行った誰もがそう思える山旅だった。
 ちょっとした会話から生まれた『ニセコオートルート』は、これからも多くの人を巻き込み、遊び方を変えながら楽しみを広げ続けていくだろう。
 そうだ、雪が降る前にまた行こう!

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とうげ・よしたか
千葉県出身、2004年に北海道のニセコに移住。カヤックインストラクター、スキーパトロールなどを経て、2009年にコーヒーとニセコのアウトドアスポーツをはじめとしたカルチャーが集まるカフェ『SPROUT』を開業。現在はコーヒーを勉強しながらスキーやトレイルランニング、カヤック、3人の息子たちとの遊びと、アクティブな日々を過ごしている。