父の筆跡(ふであと)

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文:J.T. ロビンソン

初めてニセコを訪れたとき、まだ私は若く、野心溢れるフリースキーヤーだった。故郷のアメリカ西部の山岳地帯から「Signatures」というスキー映画に出演するため、ニセコにやって来た。この映画を製作したSweetgrass社は有名なニセコのパウダースノーをフィルムに収めようとしたのだった。撮影班との日々の中で私はニセコにすっかり魅了された。撮影の後、アメリカに戻って直ちに私は父に電話をした。父は私のスキーの永遠の師匠なのだ。私は父に、北海道の田舎の小さな町で自分がどんな経験をしたか伝え、いつか北海道に連れて行くからと言った。

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父は、私が9歳のころから深雪を滑る技術を私に教えてくれた。パウダースキーの聖地ニセコ、ここに父を連れて来ることこそが、私にスキーを教えてくれた父に対する恩返しとして、たったひとつの最高の方法だと、私には感じられたのだった。父への電話から7年を経て、ついにそれが実現した。そのすべては私の望んだように、いや、それを上回るほど素晴らしいものだった。

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父への最初の電話の後、私は自分の仕事である「Telemark Skier Magazine」のさまざまな企画を携え、何度もニセコを訪れた。いっしょに仕事をした仲間の一人にアラスカ出身のDave Magoffinがいた。私はDaveに「父をニセコに連れていきたいんだ」と伝えると、実は彼も同じ考えを持っていた。私とDaveの父親はそれぞれ齢60代にさしかかったところだった。私たちは、今こそ実現しなければと考えた。ニセコは実際、最適の場所だった。それぞれの父親を連れて、4人でニセコに行こう、私たちはそう決めた。父たちはさすがに年齢を感じさせるようにはなったものの、ニセコにはさまざまな斜面、森林のパウダースロープがある。父たちも、私たちも楽しめることに間違いない。父たちは小さいころからずっとスキーを続けており、バックカントリーの経験も豊富だ。二人の心や体力のピークは過ぎている。しかし、ニセコのバックカントリーの山々はあらゆるスキーヤーへ、さまざまな選択肢を見せてくれる。晩年を迎えたスキーヤーが静寂の中、絶妙な斜度の深いパウダーを滑る、そんな理想の場所だった。私とDaveは旅の計画を進めて行った。

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そしてある冬、1月の寒い夜、ニセコのスキー場の中心街であるヒラフにあるバス停で私はDaveと彼の父Jimを出迎えた。いよいよ私たちの旅が始まった。私たちはヒラフの静かなレストランで料理に舌鼓を打ち、会話を楽しんだ。そして、ニセコユナイテッドの各スキー場やモイワスキー場を滑り、ニトヌプリへのツアーでは深いパウダーを楽しみ、毎晩温泉で疲れを癒した。私たちの旅は信じられないほどうまく流れて行った。電話口で父にニセコのことを熱く語った数年前、その時から思い描いていた夢が見事に実現されて行った。

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私たちがニセコでの滞在で最後のツアーに選んだのはイワオヌプリのある斜面だった。Jimと私の父は樹々がまばらな素晴らしいパウダー斜面に向かってシールで登って行った。二人は上にたどり着くとシールをはずし、バックパックにしまい、いよいよ滑走する準備が整った。Daveと私は少し離れた稜線から、二人がその素晴らしいパウダー斜面を滑り降りるための準備を眺めていた。まさに斜面に飛び込もうという瞬間、父が手を挙げて私たちに今から滑るよという意味の合図を送った。最初のターンで深々とパウダーに飛び込み、ストックを持ち上げた。そして雪煙が彼の頭上に音もなく舞い、広がった。そのとき、私には圧倒的なまでのノスタルジーが溢れた。私の意識はこの稜線から遥か離れ、この特別な瞬間に対する思いに耽っていた。私は父がこの世に残した遺産の一つとしての私自身、同じくJimにとって同じ意味を持つDaveについて思いを馳せていた。私たち二人は、二人の父親が生きた証の一部なのだ。父は私に野球を教えてくれた。パウダーでの滑り方を教えてくれた。男としての生き方を教えてくれた。

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私が「Signatures(筆跡/ふであと)」という映画のために初めてニセコを訪れたとき、私、つまり一人の息子は、その父親の遺産、言い換えれば彼の筆跡(ふであと)の一部だった。私とDaveは父親たちの滑る様を眺めていた。彼らはニセコの心安らぐ深いパウダーの斜面に一つひとつターンを刻み込んで行った……まるで芸術家がキャンバスに筆で線を描き込んでいくように。この特別な場所にリズミカルに描かれたターン弧の一つひとつは、父の人生の一部をそれぞれ表しているように思えた。私の母親、父の職業人生、私の弟、私自身、そして彼の孫。それらが集まったものが父の筆跡=Signature。彼がこの世に生きた証だった。

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J.T. Robinson
アメリカの中西部地域で生まれ育ち、ロッキー山脈でバックカントリーの技術を磨く。かつてはプロのエクストリーム テレマークスキーヤーとして名を連ね、現在ではテレマークスキーの分野でVertical Integrationというコンサル事業を立ち上げている。15年に渡るテレマークスキーの経験の後、仕事と楽しみのため繰り返しニセコを訪れている。初めはパウダースキーを紹介するSweetgrass社の「Signature」という映画のため訪れたニセコだったが、単にパウダースノーだけではないニセコの魅力 ― 食事、文化、多種多様な地形や人々など ― にすっかり魅せられている。ニセコに巡り会うことが出来たことの好運に感謝し、今は出来るだけ多くニセコに訪れたいと考えている。

日本語翻訳:伊藤雅之/KODAMA