Niseko/アートと珈琲と雪山と私

文・写真:Taka Yokoyama

 ウィーン、ガタガタ。
 ニセコの冬の朝はこの音から始まる。雪が多く降るこの地域では珍しくもない音だ。毎朝、何台もの除雪車が動いている音である。私は朝一番に珈琲を飲みながらこの音を聞くと「ニセコにも冬が来たな」と思う。

 私はニセコに暮らし、切り絵作家として活動している。刃物で紙を切っての物創り職人である。そもそも切り絵を始めたきっかけはニセコで行われたアイヌ文様の切り絵体験会にたまたま参加したことだった。この時、私は純粋にアイヌ文様のデザインや意味に惹かれ、以後、切り絵を始めた。
 切り絵というものは古来、魔除けや神事に使われていたというが、白と黒のコンストラストの妙、刃物の切り口による独特の造形は味わい深く、まさにアートである。

 深く静寂した雪山を滑走するということと切り絵を創作することに、私は相通じるものを感じている。深い静けさの中、研ぎ澄まされた感覚で雪原という真っ白なキャンバスに軌跡を残す。私はこれもまたアートだと感じる。

 私は毎朝自分で豆を挽き、大好きなジャズを聴きながら珈琲を飲む。私に珈琲を教えてくれたのは父であった。子供のころ、父は毎朝豆を挽き、珈琲を淹れた。私は横でただ見ているだけだったが、珈琲豆を挽く父といい香りがするその時間が大好きだった。
 今はたまに会う父に私が珈琲豆を挽き、珈琲を淹れてあげている。
「お前が淹れる珈琲は旨いな」と喜ぶ父の顔。珈琲は父と私を繋ぐ大切なものである。

 豊かな自然に恵まれ、アウトドア好きが集まるニセコ。冬はどこもかしこも雪遊びのフィールドになる。この土地に暮らし、仕事も生活も楽しみたい、そう考えている人は多いと思う。
 現在、ニセコには多くの外国の人たちが観光のために訪れている。世界で最高のパウダースノーを求めて来ているのだ。私は15年以上ニセコに暮らしているが、ここ何年間の変わりように驚いている。外資企業の投資が進み、観光ホテルやコンドミニアムなどが乱立している。
 それにともない雇用も生まれ、プラスな要素もたくさんあるのだが、ローカル感が漂っていた昔ながらのニセコを知る私は、たとえば変わる町並みにも、少し寂しさも感じている。
 雪山好きが集まるニセコ。日本人と外国人の共存が将来の課題になるだろう。しかし、日本と世界を繋ぐ中心的な場所として、ニセコが変化していけたなら私は嬉しく思う。
 人、文化、アート、仕事、いろんな点が世界と結びつき、ひとつの線として形を造る。私はこのニセコの未来をとても楽しみに思うようにしている。なぜなら、雪山を愛する心には国境など無いのだから。
 私はこれからもこの町で雪山を愛し、切り絵を創り続けていくだろう。どんなに町並みが変わっても、それは変わらない……珈琲を飲みながらそう思う。