《その場所》とキャンプ4のこと

文・写真:峠ヶ孝高/KODAMA

 だいたい、5時。
 行動する時間は常に時計の時刻ではなく、太陽にかかわる時刻。
 朝早い時刻に起きても、太陽の位置が高ければ、それは朝寝坊。
 重要なことは「日の出の時間にどこにいるか」だ。

 夏はトレイルランニングでニセコアンヌプリの山を駆け上り、山頂で羊蹄山から上る朝日を見る。冬は最近ハマったテレマークスキーを履き、まだ暗い中、ヘッドライトを点けながら歩き出す。そして日の出のタイミングとともに斜面へ滑り込む。
 そんな風に1日が始まり、充実した気持ちで仕事に就く。
 仕事はコーヒー屋。
 楽しい気持ちで仕事に就くからコーヒーの豆も楽しく焼ける、ドリンクだって楽しく作れる。お客様とも楽しくおしゃべりできる。お客様と楽しくコミュニケーションを取れることがすごく大切。楽しくコミュニケーションが取れると、いろいろ得ることが多く、興味がなかったことにも興味を持つようになったり、もともと持っていた興味をより深めることができたり……自分の世界が広がっていくことを実感できる。
 そんなコーヒー屋を開業して8年経つが、2018年、コーヒー屋の隣が空き地になる計画が浮上した。
 店の倍ほどの面積がある空き地、《その場所》をどうしていこうか……。

 《その場所》がある倶知安町、いわゆるニセコというエリアはその恵まれた自然を求め、スキーやトレイルランニング、MTB、カヤックと、さまざまな遊びを楽しみに世界中から人が集まるところ。自分自身が店で実感しているように、みんながニセコに集まり、それぞれが楽しくコミュニケーションを取ることによって、それぞれの遊びに興味を持ったり、あるいは深めあったり。ここで得たことを、また他の場所で楽しんで、そしてまたここに戻って伝えたり、また何かを得たり。なんでもいいから自分の得意なものが集まって、それぞれが刺激し、高め、深め合う。《その場所》がそういったことを繰り返せる場所であったらいいと考えていた。
 そんな漠然とした考えを普段から山で遊んでもらっている頼れる友人に話してみたところ、「それってヨセミテのキャンプ4みたいだね!」と言われた……一体それは何?
 ヨセミテのキャンプ4……アメリカの自然保護の父と言われるジョン・ミューア(John Muir/1838~1914年)に端を発する、1960年代のロッククライミング、ロングトレイルなど、従来のスポーツとはまた違ったカルチャーとしてのアウトドアの発信地。数々のアウトドアメーカーがこの場所に少なからず影響を受けている。現在も昔と変わらないアウトドア・バムが集まる空気感が引き継がれている場所……調べれば調べるほど、行ってみたくなった。いや、行かなければいけないと思った。

 2018年6月、僕はアメリカへ10日間のトレイルトリップに出かけた。ツェルトを張って寝泊まりしながら日の出から日が暮れるまで走った。サンフランシスコ周辺のローカルなトレイルでは日常生活の一部のように溶け込んだ歴史あるトレイルを走り、ヨセミテではそのスケールの大きさに圧倒されっぱなしだった。ディプシートレイル、フォーマイルトレイル、パノラマトレイル、そしてジョンミューアトレイルなどなど、山歩きが好きな人なら誰もが一度は耳にしたことがあるトレイル。エルキャピタンやハーフドーム、マリポサグローブといったヨセミテを象徴する岩や巨木に、トレイルランニングという自分が大好きな遊びを通じて触れさせてもらうことができた。
 本来ならば記録を取るため、GPSウォッチをつけて距離やタイムを計って走るのかもしれないが、今回の旅ではあえてそれをしなかった。数字に煩わされたくなかったからだ。毎朝のようにニセコで走っている感覚をそのまま試してみたかった。日の出に合わせて動き出し、スタミナや決して速いとは言えないスピードを考慮しながら、ニセコの山で走っている感覚を元に地図とコンパスを頼りにコース設定して楽しんだ。
 クマやシカなどの野生動物、セコイアやレッドウッドなどの巨大な木、山火事が起きた跡に咲く花々、生命力や自然の力と感じるものが強烈に迫って来た。それを忘れてはいけないと思い、ペンとノートを持ちながら、途中途中でメモを取りながら走った。レースではない、旅ならではのトレイルランニングだ。夕暮れに間に合わなかったり、エネルギー切れでハンガーノック気味になったりもしたが、毎回ギリギリのところで帰ってくることができた。自分で設定したコースなのに本気でハラハラすることもあったので達成した時はものすごい充実感を味わった。なによりも距離やタイムといった数字を気にしなかったことで走ったトレイルの景色や色、空気や匂いといったものを全身で感じ、吸収することができた。

 ヨセミテのキャンプ4には5日間滞在した。薄い布一枚のツェルトを張りっぱなしにして、朝から大好きなトレイルランニングを満喫した。気分はすっかりトレイルランニング・バムだった。
 キャンプ4に到着した初日、同じサイトにはすでにコロラドから来たクライマー3人とロサンゼルスから来たハイカーの2人が居て、その5人が大歓迎してくれた。
「ようこそキャンプ4へ!」
 ビールやステーキ、ダッチオーブンで作ったクランブルケーキまで、お腹いっぱいご馳走になった。みんながそろそろ寝ようというころ、ゴミを集めたりお皿をまとめたりしていると、「何やってるの? 座ってていいのよ」、「今日、あなたはゲストなの、明日からはキャンプ4の人だからね」。その言葉が何を意味しているのかわからなかった。
 しかし、朝起きると僕はキャンプ4の人になっていた。
 おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみと、当たり前の家にいるような居心地の良い日常がそこにはあった。

 そんな日が続いた後、他の5人が1日早くキャンプ4を去る別れの日が来た。短い日数とはいえ仲良くなったみんなとの別れはやっぱり寂しい。
「寂しいけど今度はあなたがホストだよ。キャンプ4の人として次に来る人たちを大歓迎してね」
 みんなを送り出す時に言われたこの言葉は、これからもずっと忘れない。
 その日、少し早めにトレイルランニングを切り上げて、近くにあるヨセミテストアでビールを多めに買い、今日から来る人たちを大歓迎した。「ようこそキャンプ4へ!」 。何年も何十年も前から、これがずっとずっと繰り返されているのが、ここキャンプ4なのだろう。
 この旅の最中、普段ニセコでやっていること、ニセコで得たことをヨセミテで試した。そしてヨセミテでたくさんのことを得て、旅で出会ったたくさんの人からたくさんのことを教えられた。そうしたものをまたニセコに持ち帰り、いろいろなことを伝えたり、試していくだろう。
「それってヨセミテのキャンプ4みたいだね!」。
 この一言から始まったヨセミテの旅。その答えは言葉ではなく、これから《その場所》で実践し、作り上げ、時間をかけて出してみたい。

とうげ・よしたか

千葉県出身、2004年に北海道のニセコに移住。カヤックインストラクター、スキーパトロールなどを経て、2009年にコーヒーとニセコのアウトドアスポーツをはじめとしたカルチャーが集まるカフェ『SPROUT』を開業。現在はコーヒーを勉強しながらスキーやトレイルランニング、カヤック、3人の息子たちとの遊びと、アクティブな日々を過ごしている。